【沿革】

創部:1987年9月

日本のラクロスの始まりは、1980年代の慶應義塾高校・慶應義塾大学の学生たちの活動でした。彼らはラクロスという競技を日本を広めたい、という思いから、アメリカにおけるラクロスの強豪校であるJohns Hopkins University出身のノリオ・エンド-氏(後の、日本ラクロス協会初代理事長)の協力を得て練習を始めたのです。
(参考:日本ラクロス協会 公式サイト「Re:lax」http://www.lacrosse.gr.jp/history/repo/id=544)

高校時代の友人を介して多摩川河川敷で行われていたこの活動に参加するようになり、自チーム結成で日本一を目指そうと考えたのが、その後東大ラクロス部初代主将となる白井でした。
彼は1987年9月にチーム結成にこぎつけると、1988年3月にはラクロス協会の延氏の引率で慶應の早川、緒方、東大の桑田の3名と共に米国視察に行き、Johns Hopkinsの現役チームに帯同して、Princeton、Syracuse、Virginiaなどのリーグ戦を観戦しました。

この後、関東の各大学でもラクロス部創設の機運が高まり、秋の学生リーグ戦開催を目指して学生連盟が結成されるようになりました。BLUE BULLETSはリーグ戦での実績を認められ、東京大学における正式な部活動として、1993年運動会準加盟、1997年正式加盟を果たしました。

***

BLUE BULLETSは創部当初より、ラクロスの本場であるアメリカとの繋がりをチームの成長の鍵として重視しています。

1999年から2001年にかけて毎年アメリカ・ミシガン州のNorthward Universityで監督を務めるRonald Hebert氏を招聘。また2001年にはNorthwoodに4名を派遣しました。
その後も、同氏と親交の深いUniversity of Michigan監督John Paul氏の協力によりMichigan・東大相互の学生派遣が実現します。2011年にMichiganのNCAAのDivision1参加上のルールに乗っ取って、選手の受け入れを取りやめることなるまでの約10年間に渡り、BLUE BULLETSはMichiganからラクロスにおける多くの技術やチームカルチャーを吸収してきました。

2015年にはJohn Paul氏と懇意であるColorado Universityの監督John Galvin氏の厚意により、Coloradoへの東大の選手数名の派遣が実現しました。練習環境の視察、学生の交流を通じて、当時の日本にはなかった戦術を持ち帰ることができました。Coloradoとの交流は現在でも続いています。

2016年にはNCAAの伝統ある強豪校が揃うアメリカ東海岸へ遠征を行いJohns Hopkins、Maryland、Gerogetown等と試合を行った他、2017年はアメリカ西部コロラドへ遠征を行い、Colorado、Denver、Airforce等との合同練習、練習試合を実施しました。また、Hofstra、Oxfordをはじめとする海外の大学からの留学生を積極的に受け入れ、ラクロスを通じた国際交流にも貢献しています。

TOP