1つめの契機

僕のラクロス人生で、一番しんどくて、でも一番成長するきっかけを与えてくれたと思えるのは、やはり今年の春に、幹部をクビになって、Bチームに落とされた事。
トライアウト期間(*1)が始まる頃は、うすうすBチームに落とされるだろうな、ということを感じていました。正直なところ、幹部としてチームを引っ張ることは全然できていませんでしたし、自分のプレーも行き詰まっていましたから。4月の頃は、毎日がただただ過ぎ去るのを待っている、といった有様でした。

実際に落とされて、幹部も辞めさせられたとき、おそらく周りからはいろんなことを思われたのだと思います。でも、僕自身はそれをネガティブに捉えた事はなかったと思います。それまでの自分の姿からすれば、妥当な結果だったから。正直、幹部としてもプレイヤーとしても、取り組む姿勢や考え方が甘かったです。

ただ、申し訳なさだけは募りました。関西にいる親は五月祭(*2)を見に来るために準備していて、楽しみにしていたと思います。Bに落ちてすぐ、「五月祭は出れない、ごめん。リーグ戦で頑張るから」ってメールしました。
五月祭に来ていたOBの方にも。ベンチ入りメンバーのアップを眺めている僕を見つけて、樋浦さん(*3)や牧野さん(*4)が声をかけてくれたんです。「おいっ!」から始まり…。印象的だったのは、牧野さんが「けがしてるんじゃないよな。だったら大丈夫。スランプは訪れるものだから、今は頑張れよ」って言ってくれたことです。ありがたかったし、申し訳なかった。今も樋浦さんと牧野さんはリーグ戦の後、真っ先に話しかけてくれます。
 
Bチームで過ごした約2ヶ月で技術が伸びたとは思いません。けれど、色々なことが変わりました。一番変わったと感じるのは同期との関係です。僕はそれまで同期と一緒に練習した時間が短かったので、他の同期にとって自分はよく分からない存在だったと思うし、僕も同期をちゃんと理解していませんでした。
それまではどこか対等ではなくて、例えば僕が発する言葉には、アドバイスや励ましのつもりでも圧力があったんだと思います。それがお互い対等な意識に変化することで、僕自身が、いろいろな声をかけてもらえるようになった。後輩からも。
当たり前ですけど、言いっぱなしの一方通行は、コミュニケーションではないですから。その気付きは大きかったです。
 
(*1 今年の春に設けたAB選抜期間。その後の五月祭、東商戦(毎年6月に行われる一橋大学との定期戦)、双青戦(京都大学との定期戦)に出場するAチームは固定された。)
(*2 東京大学本郷キャンパスで毎年5月に行われる学園祭「五月祭」に合わせて行われる早稲田大学との定期戦。)
(*3 23期樋浦直樹。2010年度副将。正木は樋浦から背番号#11を継いだ。)
(*4 24期牧野賢。2011年度幹部。)

 
 

二番手思考

Bチームとして出場した七帝(*5)は一つの転機になりました。
僕は中高でバスケをやっていた頃から二番手思考があって、僕自身チームの中ではそこそこうまくて、活躍もしていたけれど、エースではなかった。エースは別のやつで、そいつが苦しいときをこじあけて一番活躍する選手でした。僕はシュートを決めるよりもアシストパスを出す方が好きなタイプで、自分が下手なのは嫌なんだけど、一番責任を任されるのも避けたくて。
 
大事な局面を一番手に任せて、自分自身で戦ってこなかったのは、その局面で負けると、自分の負けだけでなくチームも負けることになるから。果たして自分がそこに飛び込んでいいのか、と恐がっていたんです。自分は一番じゃないのに、一番重要な場面で出て行っていいのか、最も成功確率が高くなるように自分より上の存在が勝負すべきだっていう、正当化があったのだと思います。
大学に入ってラクロスを始めても、二番手思考は健在で、今年だとATには平野さん(*6)と出戸(*7)がいるから自分は二番手で良いって思っていました。
 
でも七帝では、状況が違ったんです。自分以外に頼るものがなかった。自分が一番やらなきゃいけない。そういう状況に初めて置かれました。勝つためにはBチームで一番信頼されて、一番任される存在になるしかなかったんです。それで結果が出ればかっこよかったんですけど。結果は散々で、今までで一番悔しかった。その感情を経験できたことが、一番の気付きでした。
 
(*5 旧帝大7校による定期戦。今年の七帝は4位だった。)
(*6 25期(4年)AT#15平野崇。2012年度副将。)
(*7 26期(3年)AT#26出戸康貴。2012年度OF長。)

 
 

一橋戦

七帝の後はAチームに復帰し、リーグ戦が始まりました。
初戦の理科大戦、続く日体戦では大事なところは平野さんと出戸が決めてくれました。自分がなんとかしなきゃいけない、と思わなくても、そういう思いをもった人が道を切り開いてくれたわけです。今思い返してみると、逆戻り状態。
 
そして迎えた一橋戦(*8)。一橋はうまかったし、平野さんと出戸をマークされて、思うような試合を展開できず、手詰まりになりました。頼るものが自分しかなくなったと感じました。自分が点をとってチームに流れを持ってこなければ、と。
 
そのとき初めて試合で、本当に気持ちよくて楽しいという感情を感じました。僕はラクロスにおいても点を取ることにそんなに執着はなくて、自分のアシストで仲間が点を取ったときの方が嬉しかったりします。でもそのときは、自分が試合の流れを変えている確かな実感があって、本当に気持ちよかった。「俺にボールを回せば大丈夫。点を取ってやる。」と言えるくらいの心の余裕、集中力があったんです。
 
あの感覚はそれからも時々やってきます。あのとき初めて、自分がなんとかしてチームを勝たせる、という責任感がついたんだと思います。
自分の中での二番手思考の意味合いも変わってきました。前までは、一番重要な場面は一番の選手に任せるという、ぶらさがる感じ。今は、一番の選手を支えつつ、一番の選手が苦戦しているときには二番手の俺が切り開くぞ、って。
 
(*8 今年度リーグ戦第3戦。前半で3点ビハインドになり、3Qでは正木が1人で3点をねじこんだ。4Qでも正木が得点を決め、そこで同点に追いついたものの、ラスト1分で一橋が決勝点を決め、7-8で負けた。 )
 
 

一橋戦を経て

試合で負けることに対する感覚も変わりました。
今年のチームは序盤は誰からも期待されていなかったと思います。最大の不作の年、と言われたこともあります。だからなのか、負けたら負けたでしょうがないって割り切っていたところがありました。
でも、一橋戦で変わりました。一橋戦はリーグ戦の山場、負けられない一戦でした。試合中、このままだと負けるってなったとき、このチームで負けるのは心底嫌だって思った。そのときから、どんな試合も負けたくない、どんなに点差がついてもあきらめない気持ちが強くなりました。僕だけでなく、チームのみんなにも、一橋戦を経て負けたくない気持ちが根付いて、広がったのを感じます。
 
もう一つ、一橋戦で学んだのは、勝負の局面で、一歩踏み出してこそ分かるものがあるということです。一橋戦ではみんな、やってできたこと、できなかったことを明確に感じたと思っていて、1点差で負けた試合だったからこそ、出来なかった部分をちゃんとやっておけばと後悔しているんです。あのシュートを止めていれば、とか、もっと狙って打っていれば、とか。でも、そういうやってみて生まれた後悔は次につながると思っています。再び同じ場面に出くわしたときに今度は同じことはしないように。

 
 

勇気と武器

一橋戦で僕を駆り立てたものは、チームが負けていて、僕が決めるしかないという状況でしたが、自信を持てる「武器」と「勇気」がなかったらできなかったことだと思っています。
勇気があっても武器がないと玉砕するしかない。負けたくないってどんなに思っても、武器がないと何もできませんから。本当に勝負のかかった公式戦の舞台に上がるまでに、勇気を出して玉砕する経験は必要だと思います。そこでもう無理って思えばそこまでの人間だし、悔しくて次はなんとかしてみせるって思えれば、練習して技術が伸びていくはずだから。
 
 

勇気は戦うこと、武器は信じること

まずは戦ってみることが大事なんだと思います。戦いの場に立って初めて、自分に何が足りないかが分かる。僕は平野さんみたいに身体能力が高くないし、出戸みたいにセンスやキレがあるわけでもない。足も速くない、体もでかくない。それで、いろんなことをあきらめてきました。自分に出来ることの中から武器を見つけて磨いていこうと思っていました。
でも、いつかの同期ミーティングで出戸に、「いろんなことをあきらめすぎ。お前には何も武器がない」って言われたんです。確かにその通りでした。自分には自分の形があるって思い込んでいたけれど、現実から目を背けていただけで。
 
戦ってみることで初めて分かることって多いと思います。僕がこれはない、これもないって切っていった中で、じゃあこれで戦おうと決めたものは、それだけでは到底戦えないものだったんです。たとえば、足が速くないから他のところでなんとかしようと思っても、最終的にはある程度のスピードがないとそれ以上の進化は望めないと気づきました。
そういうことは想像力だけでは分からなくて、戦ってみて初めて知ったことでした。それが勝負の世界なんだな、と。戦ってみて、現実を見ないことには自分のあるべき姿も分からないと思います。
 
そして、何かしら、自分が信じられるものがないと戦うのはきついと思います。僕は下手なりに1年生の頃から練習してきて、技術で人に大幅な遅れをとったことはないし、小手先の技術なら自信があります。そういう勝手な自信で良いと思う。自分はこれができる、この武器で戦えるっていう自信がないと、戦いへの一歩を踏み出せない。戦いで武器を使ってみて、そこで自分に足りないことを探して、さらに進化していくんです。

何でも良いから自分が少しでも自信をもてる武器を作って準備ができたら、さっさと覚悟を決めて戦いにいって、試合で勝負してみた方が良い。普段の練習で小さな勝負を重ねていくことは重要な成長の要因になると思います。けれど、試合のように、いつもと違う相手、チームの勝ち負けを背負いながら戦う状況、そういう大きな勝負を経験することで、勇気と武器は進化することができる。僕はこの事に一橋戦でようやく気づけた。七帝戦を含めて、2回も気付くチャンスをもらっていましたから、ここで変われなかったら、本当にダメなやつですよ。
 
 

FINAL4に向けて

25期の引退が近づくにつれて、自分が今4年生だったらと思うことが増えました。次の試合で引退かもしれないけれど、勝ったらFINALにいけて、FINALも勝ったら経験したことのないような楽しいことがあって、そうやって大学ラクロス生活を終えると思うと楽しみだなって想像するし、逆にその前で終わってしまうと、もの足りなかったって思うんだろうなって。僕は3年生なので来年もあるんですけど、来年があるって思っていたら、25期の戦いへの想いに勝てないし、他大の引退がかかった4年生の想いには勝てない。
 
出戸も言っていましたが、僕も今年引退するって思って、FINAL4やFINALに戦いにいきます。今まで僕はどちらかと言うと「技術が大事」という人間でしたが、ここにきて、気持ちで負けないことが技術で負けないことよりも大事だと思うことが増えてきました。FINAL4へいくようなチームは実力にそこまでの差もないはずで、勝ち負けは気持ちがどれくらい乗っているかなどで決まると思います。FINAL4以降は、気持ちの勝負。今年が終わったときにやりきったと言えるように、戦い抜きます。

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