自分の武器を探して

1年の頃の俺は、私生活をそこまでラクロスに割いていなかったし、全然部活人じゃなかった。ウィンター(*1)の頃になるとちゃんと練習するようにはなっていたけど、ユニフォームを着てベンチにいるだけで、試合には出られなかった。試合前に生身でぶつかり合う練習があったんだけど、俺は試合に出ないからそのサンドバッグ役で。それはすごく印象に残っている。試合では特に竹内(*2)が活躍していたけど、自分がATを目指していたこともあって、それは嬉しくもあり、悔しくもあった。

2年のシーズンは楽しかったけど、今ほど自分の技術にこだわりきれていなかったと思う。一方その頃竹内はちょいちょいAチームに上がっていて、もう追いつけないなって思いがどこかにあった。竹内には明確な武器があったけど、俺にはこれと言って武器と呼べるものがなかったから。ただ、Bチームの幹部をやったことで、自分で考えてラクロスをするとか、考えたことを他人に理解させるとか、そういうことはこの時身に付いたと思う。

そして今考えると、3年の時が一番辛かった。後輩が活躍し始める中で、授業や実習のために練習を早退することも多くて、なかなか実力が伸びずに焦っていた。当時はたまにAチームに上げてもらっていたけど、デンバー遠征(*3)に行くメンツを決める時に、実習のせいで遠征に行けないことがわかって。俺が遠征を諦めたことで2年生だった大霜(*4)がAチームに残って、俺はその後Aチームに残るチャンスを逃してしまった。その後もBで頑張ってはいたけど、なかなか上手くいかなかった。

そこで、当時Bチームのコーチだったうどさん(*5)に「Aに上がるには、何が足りないですか?」って聞いてみた。そしたら、「もっと自分で打開できる力がほしい」って言われて。自分で打開できる力って、頭では分かるようだけど、実際何をやればいいかって考えると意外と難しい。そこで、とにかく1on1を強化しようと思った。試合で勝てない時って、大体ATがLGに1on1で守られて、誰もDFを崩せない時だから。13シーズンの早稲田は全日まで行ったけど、それは早稲田の個人力が高かったからだと思う。去年の中央大学の小澤さん(*6)もそう。去年全日で準優勝した慶應のDF相手に1人で5点取って、引き分けに持ち込んだんだよね。慶應もこの試合が消化試合だからってメンツを替えていたわけじゃなくて、真剣勝負だったのに。

ああいう個人力持った選手が1人いるだけで、全然違う。同期で言うと、竹内はプレーのイメージは色々持っているけど、1人でチームを勝たせられるほどの得点力があるかっていうと、そういうわけじゃない。それなら、俺がゴール裏から1on1で点取ろうって。そこでまず、フットワークのトレーニングをめちゃくちゃ真面目にやった。足が速い選手の映像を見て、走るときのピッチを上げようと意識してみたりもした。下半身の筋トレも強化して、シーズンの最後のほうに少し評価されるようになった。俺の14シーズンは、結果はあまり出なかったけど、ここでやっと自分の方向性が定まってきたんじゃないかと思う。

(*1 新人戦ウィンターステージ。)

(*2 28期(4年)AT#8竹内良介。)

(*3 2014年度Aチームはアメリカのコロラド州デンバーに遠征した。)

(*4 29期(3年)AT#11大霜潤也。)

(*5 10期鈴木直文。2014年度ヘッドコーチ。)

(*6 2014年度中央大学AT#0小澤徹也選手。)

やりたいことをやる

4年目のシーズン初めのトレーニングで怪我をした。大丈夫だろうと思って普通に練習していたら悪化して、フェスタ(*7)の直前に復帰。直後の春合宿でAチームに入ったけど、練習の負荷が大きくて怪我を再発した。肉離れで復帰が更に遅れて、結局復帰したのは五月祭の直前だった。当然2週間後の慶應との練習試合も間に合わない。復帰後も太ももの腫れが残って、全力でプレーできなかった。怪我のせいで評価の対象にも入れなくて、練習でも評価期間の最終日に自分で球を落として、焦ってラフプレーして、室井さん(*8)に怒られて…。結局6月まで一度もAチームとして試合に出られずに、くすぶっていた。

そんな時、壮行会で竹内のお父さんが保護者代表としてサッカー女子日本代表の大儀見選手の話をしてくれた。彼女は所属するクラブチームの方針に適応できなくて、自分の持ち味を発揮できずにいたけれど、監督に「私は自分のやりたいプレーをします」と宣言して、その後一気に活躍し始めたそうだ。その話を聞いて、決心がついた。もちろんチームの方針と自分のやりたいことが一致していればそれに越したことはないけれど、どうせ残された時間も少ないし、俺も周りのことは気にせず自分のやりたいことをやってやろう、3年の時に鍛えた1on1で頑張ろうと。そう決めてから、Bチームで1on1を起点に得点を重ねて、それに応じて評価も上がっていった。怪我が治ってきたこともあって、それからはAチームに上がって順調にプレーできている。

(*7 つま恋スプリングカップ、通称フェスタ。毎年2月下旬に行われる大会。)

(*8 27期室井啓介。2015年度ヘッドコーチ。)

考える

俺は体格的にも恵まれてないし、足も速くない。その中でどうやって自分の武器を作っていくか考えて、自分ができることを増やそうとしてきた。同じミスを繰り返さないようにしようっていうのも強く意識している。そのために俺は自分の映像を見て、自分のプレーと向き合うことに多くの時間を費やしている。もちろん、ラクロスの本場はアメリカなんだからアメリカの映像も見るし、自分たちが日本一なわけじゃないんだから日本一のチームの映像も見る。映像と練習は車の両輪。それに、映像を見ることで考え方の部分も伸ばすことができる。

考えるっていうのはラクロスする上で当たり前の行為だと思う。考えれば考えるほど、自分やチームのことが分かってくるっていうのは、最近改めて実感している。特にOFって正解がないから、どうすればいいかは自分で考えないといけない。そういう癖をつけておかないと、試合で相手のDFを崩せない時に自分たちのOFを修正することなんてできない。自分たちのプレーを振り返って、あそこでああすればよかったっていうのは単なる感想。上手い人は、いろんな状況に直面したときに、それに対する解決策がすぐ出てくる。それって、そういう方法論が自分の中に既にあるからだと思う。

そういう姿勢を大事にしてほしいから、俺は他の同期のように元気よく練習を盛り上げるというよりは、後輩と話して色々考えさせるようにしている。後輩に活躍してほしいし、上手くなってくれると嬉しいから。そのために必要なプレーのイメージはできるだけ伝えていきたいと思っている。

「前へ」

今年は「15点取るラクロス」をするっていうチームの方針がある。俺ももっとゴールに向かうラクロスがしたいって思っていたし、この目標に向かってチーム全体が動いているのが嬉しい。この目標のためにDFも、クリア(*9)も、ライド(*10)も、全てのパーツでOFにボールを繋げようとしている。DFも点を取られないようにするだけじゃない。しっかり球を奪って、点を取ろう、そのために走ろうってやってくれているのは本当にありがたい。DFが前へ進もうとしている分、最前線にいるATが点に繋げないといけない。成蹊戦の序盤は、DF陣が走り回って頑張ってくれたのに、OFで呆気なくボールを失っていた。ATは、俺らがチームを勝利に導くんだというプライドをどのポジションよりも強く感じていなければならないと思う。

(*9 DFコートからOFコートへボールを運ぶこと。)

(*10 相手のクリアを阻止しようとすること。)

同期への思い

俺は同期にはめっちゃイジられるけど、なんだかんだ言って同期が好きだ。俺らの代のFコーチだった新井さん(*11)達の影響もあって、テンションの高い集団が28期として出来上がったと思う。いい意味でバカになれる代だから、一緒にラクロスをやっていて楽しい。八木(*12)みたいに、やたらテンション高くて声出しているやつがいるのは28期のいいところかな。

でも、今年は4年が3年に技量で結構負けているっていうのは否めない。成蹊戦で4年が取ったのは、16点中4点。Bチームでプレーしている4年も結構いる。最近みんな朝早く来るようになったけど、行動を変えるのが遅かったって言われても仕方がない。でも残りの時間、部活生活に全力をぶつけて、一緒にラクロスやりたい。みんな、なんだかんだラクロス好きだから。このまま勝ち上がって、今Bにいるやつらとも一緒にフィールドに立ちたい。

ここからは引退がかかった負けられない試合が続く。自分に求められているのは点を取ること。成蹊戦で決めた1点だけじゃ足りない。今シーズン日体とは1勝1敗。今度は負ける訳にはいかない。それに、あのうるさい同期ともっともっとラクロスしたい。勝ちたい。勝つしかない。

(*11 24期新井正貴。28期が1年生の時のフレッシュマンヘッドコーチ。)

(*12 28期(4年)LSM#47八木大輔。)

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