ラクロス部入部一周年記念 特別寄稿



ここに一枚の写真がある。僕が小学校6年の時の写真だ。当時の僕は、眼鏡をかけてい て、背が低くて、おなかがぽっこり出ていた。お世辞にも運動が得意そうには見えない。 体を動かすのは嫌いではなかったが、スポーツは何をやってもダメだった。足も遅いし、 力も弱いし、体力もないし、運動神経もなかった。
 中学生になって野球部に入った。50mは8秒後半、遠投は40m弱。マラソンをすれ ば部で一番遅かった。ほかの皆は肩が強かったり、足が速かったり、パワーがあったり、 野球の経験があったり、器用だったりしたが、自分には何もなかった。全くの0からのス タートだったと思う。
 元来真面目な性格だったこともあって、練習は一生懸命やった。声を張り上げて、へた くそなりに全力でボールを追いかけた。それたボールは必死に走って拾いにいったし、集 合のときはどんなにえぐくてもダッシュした。自主練も毎日やった。朝早く来て、ほかの 奴らが楽しくバッティング練習をしている間に、気分が悪くなるほど坂ダッシュをして、 筋トレをして、ひたすらバントを練習した。周りに追いつこうと、必死だった。
 そんな風にして何年か経った。ふと気がついたら、50mが6秒台になっていた。みん なからマッチョと呼ばれるようになっていた。チームで一番バントがうまくなっていた。 それでも中学ではベンチ入りすらできなかった。今度は毎晩バットを振った。体力をつけ るために走り込みをした。時間が惜しくて、授業の合間の休憩時間も走った。高3になる ころには、打球がフェンス際まで飛ぶようになり、マラソンも野球部で一番速くなった。 最後の公式戦ではレギュラーとして試合に出ることも出来た。中学、高校と野球部にいた 6年間で自分が一番変化したという自信がある。
 大学になってラクロス部に入った。最初は、高校時代と同じように一生懸命声を出した。 それたボールもダッシュして取りに行った。頑張って練習にも出た。
 ところが。だんだん疲れてきた。バイトもあった。勉強も忙しくなった。怪我もした。 朝起きるのがつらくなった。眠かった。練習がきつく感じられるようになった。そんなと き、ふと気づいてしまった。そんなにがんばらなくてもなんとかやっていけることに。野 球部にいたときは声を出さないとノックを打ってもらえなかったけど、今は声を出さなく てもそんなに怒られることもない。集合の時にダッシュしてるやつなんて一人もいないし、 ましてや向こうのほうに転がっていったボールを走って取りに行くやつなんかみたことな い。ゆっくり取りに行けばその間休むことも出来る。そんなことを考えていたら、いつの まにかきつい練習から逃れようとしている自分になっていた。そんな状態で練習しても楽 しいわけがない。練習をさぼりがちになって、自主練もしなくなった。
 年が明けて新しいシーズンに入った。試験が終わって生活に余裕ができたおかげか、少 しずつまじめに練習するようになった。でも、きついことから逃げようとする癖は直らな かった。
 最近、そんな自分が変わったと感じる。つらくても声を出そうと思うようになった。カ バーもさぼらずに入ろうと思うようになった。しんどい練習も進んでやろうと思うように なった。向こうのほうに転がっていった、他人に取りに行かせればいいようなボールも、 ダッシュして取りに行きたいと思うようになった。「なんで?もっと効率よくやればいい じゃん?」 違う。それが自分のやり方だから、プレースタイルだから、それでいい。そ のことにやっと気づいた。
 自分のやり方が最良の方法だとは限らない。だけど、この一年間過ごしてみて、やっぱ り自分のやり方を貫くのが、自分の成長のためにもチームに貢献するためにも一番いいん じゃないかな、と思う。たとえ脇から見ていてばからしくても、カッコ悪くても、自分が やるべきだと思ったら全力でやる。野球部で自分が活躍できたのも、その姿勢を常に持ち つづけたからだと思う。
 ラクロスをはじめてちょうど一年になる。この一年、悔いが残らないように過ごせたか というと、そいうではなかった。いろいろあったし、うじうじ悩んだりもした。どんどん うまくなっていくチームメイトを後ろのほうから見ているのは正直つらかった。でも、自 分は自分らしくやっていけばいいということに気づけたのは大きいと思う。問題は、これ からどれだけ変化できるか。自分のやり方で、やっていきたい。